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46 原田鵲斎旧宅跡
概要・良寛とのゆかり
原田鵲斎、正貞親子とも医を業としながら詩文の才があり、良寛と親交があった。現在は家はなく、良寛歌碑があるのみ。
原田鵲斎は良寛と大森子陽塾で同門である。江戸で医学を修める。医業のかたわら漢詩、和歌、俳諧をたしなむ。良寛との唱和作品も多かった。
またよく酒を酌み交わした仲でもあった。
良寛の少年時代からの友人鵲斎がはじめ、ここ真木山の地で分家して医業を始めたが、間もなく現在の中島原田家の地に移った。
晩年は加茂に隠居した。
中島の原田家宅
全景写真
詩歌碑・像
良寛歌碑(こぞのはる):平成元年(1989)建立。