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【農業技術・経営情報】畜産:酪農経営におけるスマート農業・ICT技術の活用
1 県内での導入状況
酪農経営では、毎日の乳牛飼育管理に加え、早朝から夜間まで長時間に及ぶ作業の中で、神経を使いながら、きめ細やかに家畜の状態を観察し、効率的な生産を維持する必要があります。
高い技術を維持しつつ、神経を使って長時間、長期にわたる観察の励行には大変な労苦を伴うため、酪農家の作業を補完し、あるいは代わって家畜の状態を確認するスマート農業、ICT技術の導入が、経営規模の大小にかかわらず進みつつあります。
県内では、乳牛が自由に動ける牛舎よりも、牛床につないで飼育する牛舎が一般的ではありますが、こうした経営を含め全体の中で約15%で繁殖管理(発情発見等)システム、遠隔(分娩)監視装置などが導入活用されています。(図1)
ここでは、普及指導員の調査研究等で効果や成果を確認した事例を御紹介します。
図1 県内酪農経営でのICT技術導入割合
2 ICTベンダーが提供する繁殖等管理システム
乳牛の体温や挙動をセンサーで把握し、データをICT技術で転送、人工知能による解析結果を可視化し、酪農家の手元に配信する繁殖等管理のシステムは、株式会社リモートの「牛温恵(ぎゅうおんけい)」、株式会社ファームノートの「Farmnote Color」、デザミス株式会社の「U-motion」等が挙げられますが、県内酪農経営で比較的多く利用されている「Farmnote Color」(以下ファームノートカラーとします)の事例を取り上げます。
モデル農場:フリーストールミルキングパーラー方式(経産牛38頭)
導入経緯
- 所在地域では酪農経営全般に、高泌乳牛では分娩後の発情が不鮮明となり分娩間隔の延伸(生産効率低下)を懸念。農業普及指導センターでは研修会を通じ、繁殖管理システムの導入を推進。
- モデル農場は、後継者の就農を控え、繁殖成績の低迷による収益性低下の傾向が見られたため、高泌乳牛の発情不鮮明や(人工授精適期の)見逃し対策に、トライアル期間を経てファームノートカラーを本格導入。
経費負担
- 導入経費は約47万円。内訳はルーター、タブレット、センサー(図2)6台、及び設置経費。
- ランニングコストは年12万円ほど。(利用料及び通信料)
図2 ファームノートカラーのセンサーイメージ(つなぎ牛舎の事例)
成果及び効果
- 平均授精回数は大きく変わらないが、初回授精日は導入前に比べ平均22日、JMRは37ポイント短縮と、繁殖成績は大幅に改善した。(図3)
- 繁殖成績の改善を受け、経産牛1頭あたり乳量(図4)、出荷乳量が順調に増加、併せて、子牛販売頭数も増えている。
- 高騰が続いてきた初妊牛取引価格を背景に、更新を控えていた乳牛の積極的な更新を行っており、出荷乳量は更に増加傾向が続く見込み。
図3 初回授精日の分布状況
図4 経産牛年間1頭あたり乳量の改善
モデル農場の感想・反応
- 乳量増加に反し、把握が難しくなっている初回発情は、可能性のタイミングから手元のスマートフォンに通知がある。(図5)
- また、脚の状態が悪く飼料採食が低下する牛では、体調アラート機能で早期発見、早期対策が可能となった。
- 繁殖成績の改善と出荷乳量の増加は、牛群検定データでも把握しており、効果を実感した。
- 牛舎を離れて買い物や用事を足す際にも、スマートフォンに通知があり、遠隔で状態把握ができて助かる。
- ただし、提供情報はあくまで乳牛の状態について可能性を示すに過ぎず、受胎までを確約するものではなく、あくまで酪農家のサポートに過ぎない点に注意が必要。
- 脱着はさほど苦にならないが、コスト低減には利用センサー数を絞る必要があり、付け替え以後にAI学習期間が毎回1週間必要とされる点は改善が望まれる。
- 分娩後の飼料摂取によって、初回発情の強度は個体ごとに異なるが、システムからの通知はゼロかイチに近いため、発情強度はもっと細かく示されると良い。
- 高度な観察眼と細やかな対応が可能なベテラン酪農家では、システムの通知と同時か、逆転もあるが、後継者の就農や規模拡大・法人等での不慣れな従業員では、酪農家の観察労力を補完し、作業に先手が打てる。
図5 ファームノートからの通知例
農業革新支援担当から
- 同種の繁殖等管理システムでは、利用酪農家の承諾があれば、普及指導員や獣医師、出荷農協の担当など支援者もリアルタイムで状況確認、支援が可能となります。
- このため、状況把握(調査)、資料作成、訪問指導といった段階を踏む従来手法ではなく、訪問機会を減らしながら直接現場で家畜の状態を見ながら、即時支援(指導)も可能となるほか、関係機関と連携した技術指導の効率化も期待できます。
3 ネットワークカメラを用いた手づくりの遠隔(分娩)監視システム
分娩監視のICT技術は、前述の繁殖等管理システムによる行動センシングデータの解析手法と、撮影画像を用いて遠隔で行動を監視する装置の大きく2つに区分されます。また、ICTベンダーが提供する既製の画像監視システムは高い機能を持つ反面、設置コストが高額となりがちで、新たな施設整備に併せた導入設置が多い傾向にあります。
紹介事例は、ネットワークカメラと無線(LTE)回線を組み合せ、簡便に撮影動画を確認、遠隔で乳牛や牛舎内の監視を可能とする装置で、既製のシステムに比べて廉価な導入が可能です。特に、高齢な農家では、分娩介助の待機は時間と気力体力を奪い、真夏や真冬等気候の厳しい時期に空調が無い牛舎では厳しい条件となるため、労働環境の改善にも参考になるものです。
モデル農場:つなぎ飼い方式(経産牛30頭)
導入経緯
- 所在地域では労力不足を背景に、分娩事故の多発や分娩介助に労力を割けないといった状況が見られ、高齢酪農家にあっては、気候の厳しい時期に牛舎で待機することが苦痛となっていた。
- モデル農場では、特に分娩事故の多さが経営面にも影響を生じ収益性を悪化させていた。
- このため、高額な既製の遠隔分娩監視装置の代替を可能とする、高齢者やペットの見守りを行う家庭用ネットワークカメラを用い、牛舎で簡便に利用できる監視システムの構築を調査研究した。
経費負担
- 合計29,414円
うちネットワークカメラ、赤外線補助照明(図6)ほか 撮影機材計10,739円
うちLTEルーター、無線LAN中継器ほか 通信用機材計15,975円
(合計に6か月有効10GBプリペイドSIMを含み、受信側スマートフォン通信経費は含まない) - モデル経営は牛舎と自宅が車で約15分、牛舎に通信設備が無く、無線(LTE)回線で対応。
図6 ネットワークカメラ(上)と赤外線補助照明装置(下)
成果及び効果
- 画像観察で分娩の開始を随時確認でき、分娩介助は必要なタイミングで適時可能となり、分娩事故は大幅に減少した。
- システム設置後4か月(12頭分娩)の監視作業を比較計算すると、作業時間は89%減となり、労務費(時給はR2畜産経営診断1,600円で計算)は経営全体で10万円弱の軽減となった。(図7)
- 牛の状態を観察するだけでなく、牛舎内のトラブルもいち早く発見、対処が可能であった。
図7 モデル経営での4か月(分娩12頭)の効果
モデル農場の感想・反応
- 予定日より遅い分娩では、遠隔で確認できるため、負担感は大きく軽減した。
- 在宅時も便利だが、周辺での外作業中も牛舎に戻らず観察可能で、楽になった。
- 精神的な負担の軽減は、コスト面以上に感じられる。
- 廉価なネットワークカメラでも想像以上に解像度が高く、夜間でも牛の状態を明確に観察できた。(図8、9)
図8 分娩予定牛の撮影画像(昼間)
図9 分娩予定牛の撮影画像(夜間)
農業革新支援担当から
- この事例では自宅と牛舎間に距離があり、通信設備も牛舎に無いため、スマートフォンと同様の無線(LTE)通信技術を使っています。
- 最近では、特定の方角に対する電波の送受信能力を向上させる指向性タイプのWi-Fiルーター等も販売されており、自宅が近接している場合は、通信費用の削減も可能なため、牛舎の立地条件に応じた通信方法を検討しましょう。
- 更にネットワークカメラも、複数台の設置で画像データを転送リレーできる機能がある機種や、モバイルバッテリーのUSB給電で稼働できる機種等、多様な製品があるので、良く調べ、用途や利用環境にあったものを導入しましょう。
4 まとめ
施設利用が前提となる酪農経営では、簡単に頭数を増やすことが難しく、限られた経営資源の中で、生産の最大化効率化を図る必要があります。
更に、今後も続く輸入飼料や原材料の高騰に対応するには、従来以上に効率的な生産に努め、収益性の改善に取り組むことが重要です。
一方で、加齢に伴う作業への負担感は年月を経るごとに増すため、作業を補完、代替するスマート農業、ICT技術は経営規模の大小にかかわらず積極的な活用が望まれます。
県内でもフリーストールミルキングパーラー方式の牛舎2か所で「搾乳ロボット」がそれぞれ1基導入されるなど、ICT化、IoT化による作業の効率化が進められており、県内農業普及指導センターの畜産担当では、酪農経営の皆様のスマート農業導入を積極的に支援しています。
まずは、身近で手軽な取り組みからスマート農業に着手し、更なる経営発展を目指しましょう。
図10 地域の若手で研修(情報共有)
【経営普及課 農業革新支援担当(畜産)】