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コシヒカリのエピソード 2 ~奨励品種への採用から品種の登録まで~
全国に先がけて県の奨励品種に採用
昭和28年から全国22県で行われた「越南17号」の試作では、品質・食味は良いが、倒伏やいもち病に弱く、多肥栽培に向かないと指摘した試験地が大半でした。
新潟県でも、農業試験場の他、農業者の協力のもと約30カ所で試作を行いましたが、他県と同様に倒伏等の欠点を認識していました。
しかし、当時の稲は倒れると穂から芽を出して、米としての価値が著しく落ちる品種がほとんどであった中、「越南17号」は倒れても稲がほとんど傷んでおらず、穂の実りも充実していました。一面に倒伏した試験ほ場の稲を刈り取った若い技師が「倒れた稲が生きている」と表現するほど、稲はしっかりと穂を支えていました。
「越南17号」の奨励品種の選定試験と栽培試験を担当していた新潟県農業試験場の國武正彦氏は、多収穫が求められた当時において、食味・品質に優れる「新潟米」を確立する必要があると考えていました。倒れながらもしっかりと稔っていた「越南17号」の状況を農業試験場長の杉谷文之場長に報告すると、杉谷場長は、「栽培法でカバーできる欠陥は致命的欠陥にあらず」と判断し、「越南17号」を新潟県の奨励品種に申請・採用することが決定しました。
新品種「コシヒカリ」の誕生
「越南17号」は、農林省新品種候補審査会(※1)において、「いもち病に弱いこと」「倒伏しやすいこと」が大きな欠点であるとして、品種の農林省登録に向けた議論は紛糾しました。しかし、新潟県の「越南17号」を奨励品種に採用するという強い意志と、欠点は栽培技術で克服するという熱意、さらに千葉県でも奨励品種に採用されることとなり、「越南17号」は「農林100号」の番号で登録されることが決まりました。
登録にあたっての品種の命名は、カタカナ5文字以内の美しい日本語で行うこととなっていました。新潟県では、杉谷場長と國武氏が中心となり、収穫前の穂の色、玄米の色やご飯の色がひときわ美しいことから、文字通り「越の国(=北陸)に光り輝く品種」となることを期待して「コシヒカリ」と命名し、品種「コシヒカリ」が誕生しました。
※1 農林省の試験場や指定水稲新品種育成試験(国からの委託を受けて行う品種育成の試験)で育成された品種は、都道府県の奨励品種に採用されることが決まると、審査会において農林省登録品種とするか審査されることになっていました。
写真)新潟県農業総合研究所のコシヒカリ記念碑(新潟県撮影)
コシヒカリの普及に大きな役割を果たした業績をたたえて、平成6年に
建立されました。
コシヒカリの誕生に携わった人 : 元福井県農業試験場長 石墨慶一郎氏
大正10年、福井県生まれ。農学博士。
昭和21年から当時の福井県立農事試験場(現:福井県農業試験場)に勤務し、ホウネンワセやコシヒカリなど多くの品種育成に携わりました。
後に石墨氏は、コシヒカリ育成者の代表として、日本育種学会賞、農林水産大臣賞を受賞しています。
コシヒカリの誕生に携わった人 : 元新潟県農業試験場長 杉谷文之氏
明治40年、富山県生まれ。旧京都帝国大学(現:京都大学)を卒業後、旧農林省に入省。
昭和27年に新潟県農業試験場長に就任後、「越南17号」の奨励品種の選定・栽培試験の指導に関わりました。
杉谷氏は、従来から、品種はその特性と栽培条件によって環境に適応させるという理念を持っていました。その理念が「栽培法でカバーできる欠陥は致命的な欠陥にあらず」という名言を生んだのでしょう。
コシヒカリの誕生に携わった人 : 元新潟県農業試験場長 國武正彦氏
大正15年、福岡県生まれ。
昭和27年に、農林省九州農業試験場から新潟県農業試験場に赴任し、杉谷氏のもとで「越南17号」奨励品種の選定・栽培試験に携わるとともに、新潟県でのコシヒカリ栽培の拡大に取り組まれました。國武氏は退職後、コシヒカリをはじめとする良質米生産への顕著な功績が認められ、農業技術功労者の表彰を受けています。
國武氏は、コシヒカリについて、命名の由来どおり「越の国に光り輝く希望のイネだった」と語っています。その気持ちを次のような短歌として残されています。
『木枯らしが吹けば色なき越の国せめて光れや稲コシヒカリ』
『倒れ伏す稲の刃切れの音冴やに稈生きをると支え弾ます』
写真)昭和33年、長雨を受けたほ場の稲の状態を確認する様子(國武正彦氏提供)
右が杉谷文之氏、左が國武正彦氏。
写真)昭和32年、原種生産視察に来場した採種農家と撮影(國武正彦氏提供)
前列中央が杉谷文之氏、前列左が國武正彦氏
参考文献
- 新潟県・「新潟米」を軸とした複合営農推進運動委員『「新潟米」50年のあゆみ』新潟県発行
- 新潟県農業試験場『新潟県農業試験場百年史』新潟県農業試験場発行
- 日本作物学会北陸支部・北陸育種談話会『コシヒカリ』農山漁村文化協会発行
- 新潟日報夕刊『ひと 賛歌 元県農業試験場長 国武 正彦さん コメ王国築いた戦略家』(2009年6月29日から7月15日)
- NHK「プロジェクトX」制作班『プロジェクトX挑戦者たち(5) そして風が吹いた』日本放送出版協会発行
- 新潟県南魚沼地域振興局農林振興部『南魚沼コシヒカリ誕生秘話』南魚沼地域振興局農林振興部発行